うたと からだと わたし

キャリアチェンジして1年 。数えで57 歳▪保育補助員の日記です。

両親と出かけた日

ご機嫌いかがですか

メイもんです

 

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「 お出かけですか〜? 」

昨日のお昼過ぎ、タクシーで

両親 ( 93 と83 )と 出かけました

 

話好きの運転手さんが

雑談している途中で

「 今日はお天気がいいから

    お買い物ですか? 」

と 聞いてきました

 

 運転席の横に座っていた母が

答えに戸惑っている表情をしていたので

父と並んで 後ろの席に座っているわたしが

「 ヤボ用です 」

と返事をしました

 

その一言で 運転手さんは

好奇心を 納めてくれます

 

その瞬間、

思っていたことがありました

 

母が 真っ直ぐな答えを言って

父が 後から それを批判するという、

いつものパターンを 回避できて良かった…と

 

 《  ” ディフェンス“ 成功! やったね ♡  》

 

それにしても

“ ヤボ用 ” って 便利な言葉だなぁ。。

 

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梅の花の咲くお宅の横を 歩きました

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を
 

 

 

 

 

 

家の中の「 居場所 」問題

ご機嫌いかがですか

メイもんです

 

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危険信号 感知しました・・

実家において

家の中での「 居場所」問題が 起こっています

 

高齢の夫婦だけの暮らしで

冷暖房の必要な季節は

節電やトイレの近さを理由に

居間( 兼 食堂  ) に 集まってしまうわけです。。

 

 93・83 という年齢のため

外に出る機会が減っているので

距離が近すぎて 2人とも  ストレスが たまりがち・・

 

さらに

モノのない時代に生まれ育ち

もったいなくて捨てられない性分です

 

そのモノたちが

食卓の周囲に集まり

あたりは雑然とした状況に。。

 

特に 文学が趣味の父には欠かせない、

 新聞・本・紙 類 …が

二階の書斎 ( 元子ども部屋 ) から

 なだれ込んできています・・・

 

母は 困った顔をしていますが

父は 平然と

手紙の返事を書いたり 

新聞の 短歌の欄の切り抜きをし

不要なチラシに貼り付けて

スクラップブックを 手作りしたり。。

 

 モノとストレスの増加している、

この状況が 悪化しないうちに

娘たちも この問題を一緒に考え

よい方法がないか 探っているところです

 

先日は 小さな収納棚 一か所の

中身を確認し 協力して整理できました

きれい好きの 姉のおかげです

 

お恥ずかしいことに

わたし自身、身の回りを整理しきれていません

以前よりも 進歩してはおりますが…(^_^*)

 

実家も手伝いつつ

自宅のモノの「 断捨離」を

今年中に やり遂げたいと

静かに決意しているのでありました。。(^_^*)

 

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ インナーチャイルドの癒し ” かも。。

ご機嫌いかがですか

メイもんです

 

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水仙花言葉・・「 自己愛 」 「 神秘 」

ブログで日記を書くようになって

しばらくしたときに

氣がついたことがありました

 

幼少時のわたしが

「 愛情に飢えていた」と思う理由

 

世間一般としてみれば  何不自由なく

苦労のない子ども時代ではあったけれど

主観的には 「 愛情に対する欲求不満」を抱えて

心理的に大変だったと感じているわけ。。

 

わたしは  一歳三ヶ月ときの

ある経験から

特別 な  “ 寂しがりや ” になったのだな・・

そう 思ったのです

 

胎児から 赤ちゃん時代を過ごした大家族から

両親が転居したことで 核家族になったとき

赤ちゃんのわたしは  それはそれは

寂しかったと思うのです

 

今のわたしが

赤ちゃんだったわたしの寂しさを

理解してあげたとき 胸の奥に

癒しが広がっていったことを 感じました

 

かつてのわたしは

もの心がつく…とか

最初の記憶は三歳のとき…とか

そういう言葉に 惑わされていたと思いました

 

心理療法の退行催眠のことや

現代の科学では説明は難しいような、

さまざまなな記憶についての調査・研究…

 

あるいは 科学的に研究されている、

胎児や 赤ちゃんの能力のすごさ…

赤ちゃんの観察でも見られる、

「 向社会的行動 」というヒトの特性…

 

それらについて知ったことで

わたしは 認識を 新たにすることができたのだと思います

 

胎児のときから赤ちゃん時代に

七人の家族に愛され 可愛がってもらったという、

素晴らしい経験を わたしはしていたのだ・・と理解したのです

 

母から聞いていた、今の実家の歴史のことを

表面的な知り方から  深い意味を考えるまでに成長できた…

そんな氣もちになりました

 

姉と妹は 核家族の暮らしのときに

誕生していました

 

わたしだけは 違いました

 

父方のおばあちゃんが

心細くなってしまった出来事をきっかけに

両親と姉の3人が 父の実家に同居したからです

 

そこで わたしが生まれ

わたしは  総勢 八人の暮らす家で

赤ちゃん時代を 過ごしていた…

 

“ 人との関わりの豊かな環境 ” に恵まれていた…

保育の現場での経験や 保育の心理学の学習を経た今、

そのことが しみじみと理解できます

 

母の胎内にいたときから

誕生して一歳三ヶ月のころまで

両親・ 祖父母・ 三歳上の姉

高校生の叔父・社会人の叔母から

代わる代わるに 声をかけてもらっていたに違いありません

 

さまざまな世代の家族の表情・声…

みんなにあやしてもらって

さぞ うれしくて楽しかったことでしょう

 

とくに 当時70代で 隠居していた祖父は

わたしを とても可愛がり

一緒に遊んでくれたそうです

 

一歳前後のころには

近所にある区民体育館へ  毎日のようにわたしを連れて行き

ボールなどで遊ばせてくれていたという話を

母から よく聞かされました

 

祖母は からだが弱く 主婦業は

母がひとりで 引き受けていたので

わたしは 「 おじいちゃん子」だったのでした

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

小学校高学年のころだったと思います

家族5人( 両親と 姉と 妹 ) で

居間で過ごしていたときのことです

 

「 うちの家族って これだけだった?」

と わたしは 唐突に 発言しました

 

自分でも なぜそう思ったのか

そのときは 不思議に思いました

 

《  わたしの家族は これだけじやない、

     もっと大勢のはずだ、

     これだけじゃ、少なすぎる! 》

 

直感が そのときに あったことは 確かで、

ずっとその想い・欠落感を 持ち続けていたのです

( 子どものころから 合唱に憧れていたのも そういうことだったのかな …)

 

それから何十年も経って

日々の想いを綴る日記ブログを書いているうちに

思いあたったのでした

 

あの時は 突然に赤ちゃんのときの記憶が 甦って

そう言わずにはいられなかったのだな・・と

 

わたしは 姉と妹と違い

誕生の前後の家族の人数が多かった

 

そのときの 多彩な声・賑やかさが

わたしの 初めての環境だった

 

だから特別に寂しがりやで

おじいちゃんのように 始終 かまってくれる存在を

核家族になってからも 求め続けていたんだ・・と…

 

わたしに寄り添ってくれる、

親戚のおじさんが近くにいたらいいなぁ

優しいお兄さんがいたらいいなぁ・・

とよく夢想していた理由も 理解できました

 

わたしの思うようにはかまってくれない父親に対して

抱いていたコンプレックスも、そういう事情で

きっと 大きく感じていたのでしょう

 

何十年かの時間は 必要だったけど

両親が 長生きしてくれているおかげで

家族関係を 見つめ直すことができています

 

わたしは

“ 家族のつながりを深める”役 という

星の下に 生まれてきました

 

わたしからみると

あまりにも不器用な関係性で

60年以上 連れ添っている両親。。

 

心が通じていない二人の切なさを 読み取って

思春期以降、わたしは 悩み苦しんだのだろうなぁ・・

おかげさまで たくさんのことを学びました

 

家族の近くにいて

寄り添っていくのが わたしの “しごと”

 

流れるままに ここまで辿り着きました

家族の皆が 元気でいることが 有り難いです

 

わたしって 本当に運がいい!

 

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛さずに いられない

ご機嫌いかがですか

メイもんです

 

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道端の 小さな花

声楽の先生のアドバイスに従い

「 アイシテル 」を言ってみました

 

初めてのことでした

 

子どもたちが  その潤んだ大きな瞳に

“ また会えたね ”と言っているかのような、

親愛の情を浮かべ スキンシップを求めて

かわるがわる ひざの上に座ったり

満面の笑顔で走り寄って来たりします

 

そのときに ふんわりと抱きしめながら

「 アイシテル 」とつぶやきました

 

想いが伝わっていることを 直感します

静かに ひとり感動を覚えつつ

甘やかで 豊かな気持ちになりました

 

「 ・・・・」

声楽の先生が おっしゃっていた、

「“ 好き ” よりも いい言葉なのでは・・」

ということの意味に 思いをめぐらせます

 

「 愛してる」という言葉の

「 愛 」は 母音の “ あ ” と “ い ”

ヒトの発声の基本の音。。

 

「 あいさつ」「 相合傘」 英語の一人称の「 アイ」…

 

「 愛 」は 人類愛・隣人愛・博愛の「 愛 」

 

「 アイシテル」と口にすることは

自分の胸の奥に

水紋のような、静かなひろがりを感じます

からだの芯に響いています

 

アドバイスしてもらって良かった・・

誰かに背中を そっと押してもらわないと

なかなか一歩を 踏み出せないことってあるものです

 

先生から 「 愛してるよ」という

発語のニュアンスを 聞き

そのイメージがあったおかげで

自然に 言えたのだなぁ…と感じます

 

でも きっと

機は熟しつつあった。。。

ベストタイミングだったのでしょう

 

保育補助員になり一年が過ぎ

保育者として一緒の時間を過ごしている、

一歳から三歳の可愛い子どもたち…

 

わたしたち保育者は

その存在のぬくもり・輝き・成長に

寄り添いながら お世話をし 

やさしい言葉と からだ全体を使って

コミュニケーションをしています

 

その関わりにおいて

丸ごと愛さずにはいられない・・のです

 

その想いが 身にしみているから

子どもたちの 素直さ、愛らしさに支えられ

心からの真実をストレートに表現する勇気が

徐々に芽生えてきていた。。

子どもたちに 育ててもらってきたのですね

 

実は わたしには

愛情表現が苦手、ぎこちない…と

心の奥で感じてきた時代がありました

 

幼少時 トラウマに近いような

こんがらがった感情を 抱えていたからです

 

愛情に“飢え”を感じていました

家族関係のストレスで 夜尿症もありました

 

それが治った後も しばらくは胸の内に

重たいものを 引きずっていたと 思います

( 自分が親になる前までは  特に。。)

 

何十年という長い時のなかで 少しずつ癒されて

新しいわたしに 生まれ変わってきました

 

なので 「 アイシテル」を言えなかったのは

きっと  “ スイッチ” が 入ってなかっただけでしょう

 

からだ全体での表現と

言葉を用いた表現で

子どもたち・仲間と愛を 分かち合える、

保育の仕事に出会えて幸せです

 

わたしって本当に 運がいい…(^_-)

 

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を

《 新しいわたしを 実感できる “ 特技 ”

   がありまして、

   それは 口笛 なのです …(^o^)

 

   子どものころ 母から

   無愛想だ、

   ひねくれている、

   いじけている、などと

   言われた記憶があります

 

   9歳のころ日記帳に

   お姉ちゃんと妹は 可愛がってもらっているが

   わたしは 可愛がってもらえていない 不満をぶつけ

   それを 母に読まれてしまったこともありました

 

   そんな子どもは 表情がむすっとしていて

   子どもなのに 表情筋がうまく使えません

   吹こうとしても まったく口笛は鳴りませんでした

 

  50歳を 過ぎたころ

   表情筋を鍛えたいと

   口笛の 練習をやり始め、

   吹けるようになりました

 

   今では  「 カエルの合唱 」など

   得意の曲も ございます ♡   》

 

   

 

 

   

 

 

 

 

    

 

 

 

「 アイシテル 」という言葉

ご機嫌いかがですか

メイもんです

 

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陽の光 愛してるよと 降り注ぎ

わかっていたけれど

もう一度確認したことがありました

 

「 アイシテル 」という言葉を

口にしたことが ありません

 

声楽のレッスンで

先生と雑談していたときに

そう 話しました

 

音楽を通じて 思春期の生徒たちや

多勢の若者を育成してこられた先生は

「 愛してるよ 」という言葉を

ふつうに  おっしゃっているそうです

 

わたしは 職場の保育所

お人形にしゃべらせるかたちで

「 〇〇ちゃん、だーいすき 」と

話す場面は あるけれど 直接の言い方は

難しく感じて できていません…

 

若い頃から 教育者になることに

憧れを抱いてきて、今はじめて

保育所という 人の成長に影響を

与える場に 関わっています

 

新米でありながら

指導いただきにくい年齢であることを

自覚しています

 

自ら研修の機会を得たり

現場での経験の中から学びとり

成長していかなくてはなりません

 

そんなわたしに

15年以上前、個人レッスンや発表会での

わたしの表現を みてくださっている

声楽の先生からの アドバイスは貴重です

 

「 “好き” という言葉よりいいんじゃないかな…

   “ アイシテル”  って言ってみてください ♡ 」

 

う〜ん。。

言えるかなぁ…

 簡単では なさそうです

 

そこには 何か深い理由があるのか、

あるいは 氣にかけるほどのことでも ないのか・・

 

もし言えるようになったとしたら 

大げさですけれど

ひとつの壁を 乗り越えたことに

なるのかもしれません。。

 

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を

 

 

 

 

寄り添うこと

ご機嫌いかがですか

メイもんです

 

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晴れていたけど 寒い日でした

昨日、建築業者さんによる

実家の 改修工事の下見がありました

 

姉も自転車で来てくれて

実家の隣りに住むわたしと共に

工事箇所を 確認しました

 

わたしが紹介した業者さんなので

説明しながら 現場を案内しようとしたら

父( 93)に 止められました

 

打ち合せでは 進行は父に任せると

決めていたのを つい忘れてしまったのです

 

業者さんの戸惑う表情がわかったので。。

 

なぜなら

父は 老人らしく

シャツも着替え終わっていない様子を

見せていたからです

 

姉に手伝ってもらって シャツを着終えると

わたしの先走りを 制止したのでした

 

そして

業者さんへの 家の主人としての挨拶に加え

少し会話を交わしたかったようでした

 

その後  一通り 父の思う通りの

下見ができました

 

依頼主である両親の要望に基づき

工事内容を決め 後日 見積もりを

持ってきてくれます

 

高齢の両親の様子を理解し

寄り添ってくださっていることを感じ

感謝の気持ちでいっぱいでした

 

わたしは 以前から

床下の状態も見てもらったら…

と父に提案していたのですが

やはり 却下されました

 

今は わたしも姉も妹も

寄り添うことしかできません

 

建築業者さんも

両親の様子を見ながら  

信頼関係が出来たときには

核心部分に触れてくれるかもしれない。。

( わたしとしては 家の土台を 点検してほしかったのです )

 

そう わたしは期待してしまうのですが

触れないほうがよいと判断するのかもしれません  

年齢を 考えるとそうなりそうですね・・

 

今後 タイミングをみて

地域担当の 福祉相談員の方とも

家の内外の安全性について

相談していきたいと思います …(^ ^)

 

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を

 

 

 

 

 

 

「 折り紙」お休み中なのですが。。

ご機嫌いかがですか

メイもんです

 

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折り方、覚えているかしら。。

写真は わたしの趣味の 折り紙です

気持ちの変化を記します

 

先日  氣功のクラスで

「 立体綿棒アート 」のお話を伺いました

 

(『 神聖幾何学  綿棒  』と

     検索しますと 画像がたくさんあるのですが

     ここに載せる方法がわかっておらず

      申し訳ございません … m(_ _)m   )

 

万物を創造し生命を育む形である、

フラワーオブライフ 」の図形を

綿棒を用いて立体で制作するものだそうです

 

自らの手を使って制作することで

自己の本質への目覚めがうながされると

言われています

 

何とも深淵で 興味深い 手作業( 工作 ) です

 

今 わたしの抱えている、

“ もと家族( 身内 ) “ の課題が

一段落したときには

参加できそうな講座を見つけて

ぜひ体験したいと思いました

 

綿棒という身近なもので

アートを考え出した方に 敬意を表します

( 日本の人と聞きました。。 )

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

昨年、 ブログを通じて

折り紙の あじさい折りを

レクチャーできるほどに習得したいという、

目標を 宣言しておりました

 

けれども 事情により

いったん その活動を 休止しております

( 大げさな表現です〜〜(^_^*) )  )  )

 

まだ道半ばの 折り紙ファンですが

綿棒アートの体験と 比べてみるのも いいかもしれません

 

理想としては やはり両方を身につけることでしょう

時間は かかると思いますが あきらめることなく

ゆっくりと気長に 構えていきたいと思います

 

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を

 

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昨日の朝の ネコさんたち