うたと からだと わたし

キャリアチェンジして2年。数えで57 歳 ▪ 保育補助員の日記です。

そして「お陰さま」に出会った

ご機嫌いかがですか。

メイもんです。

 

わたしが「お陰さま」に

出会った話を 記します。

 

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20年前

不慮の事故で 姪を亡くした

17歳、高校3年生の 

夏休みが始まった日だった

 

「そんなことが、あっていいのか▪▪▪」

明るく活発で 青春の真ん中にいたチナツさん…

でも 時間は戻らない

どうにもならない現実

 

衝撃的な出来事に動揺したまま

法要で聴いた お坊さんの話が

頭から 離れなかった

 

❮チナツさんは 姿形は無くなってしまった。

姿形は 見えない 触れられないのは

たいへん寂しいことです。

けれども いなくなってしまったわけでは

ありません。

チナツさんは 目には映らない“お陰さま“に

なったのです。

 

この花を見てください。

きれいに咲いています。

なぜきれいに咲いているのでしょうか。

種があって 大切に育てられ

皆さんに見ていただくために 

ここに運ばれ 花瓶のなかで咲いています。

この花は “お陰さま“が咲かせているのです。

 

チナツさんは 姿形はみえない。

けれども“お陰さま“になって

皆さんのそばにいるのです。❯

 

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目には映らない“お陰さま“ーー 

 

幼い子どもには

“お星さま“になって

見守ってくれている……と

表現することが 多いのだろう

 

想えば 

目には映らない大切なものと

一緒に生きていく

そんな“あたりまえの暮らし“は 

どこの民族においても

昔からずっと

受け継がれてきたはずだ

 

けれども わたしの場合

 残念なことなのだけど

家族の事情もあって

そういった内容のことが

ほぼ ないかのような

空気のなかに 育った

 

人はみな 時代の子どもだから

きっと

時代背景も 関係しているだろう

高度経済成長の波と

その裏側に追いやられた矛盾ーー 

公害や 差別の問題 

 

ゴジラや ウルトラマンの怪獣に

象徴されるような

“何だか 間違った方向に進んでいるのでは…?“

という 無意識の恐れや不安を抱きながらも

科学への「信仰のような信頼」をもって

見えないものは 存在しないかのような

不自然な 歪んだ意識に

なっていたのでは なかろうか▪▪▪

 

だから

わたしが長い間抱えてきた 欠落感を

お坊さんの話は

うめてくれたのかもしれない

 

 

そのとき以来

はるか昔から 積み重なっている

大きな 大きな

目には映らない“お陰さま“に囲まれ 

“お陰さま“に感謝の気持ちを

抱きながら過ごす

“あたりまえの暮らし“に

わたしは やっと

氣がついたのだと思う

 

 

▪▪▪ありがとうございます。

 

 

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を