うたと からだと わたし

キャリアチェンジして1年 半。数えで57 歳▪保育補助員の日記です。

「 ・・手を擦り 足を擦る」

ご機嫌いかがですか

メイもんです

 

早いもので  すでに11月。。

季節は 足速にすすみます

 

嗚呼 それなのに(?)

先ほど 室内に小さめの ハエが 飛んでいて

「  アナタ、まだ ご健在ですのねー! 」

と 言いたくなりました

 

学生時代に 「うるさい」

を漢字で書くと 「五月蝿い」となる

と知ったとき  それを考えた人 “イケてるなあ…”

と感心した 覚えがございます

 

また

小林一茶の 俳句

『 やれ打つな 蝿が手を擦る 足を擦る  』

 

これは “ハエのよくする仕草を 命乞いをする姿に見立てた”

ということで、季語は 「 蝿 」で  季節は 夏  なのだそうです

 

だからと言って

先ほどブンブン飛んでいた奴に

「 ハエよ、君は間違っている。今は晩秋だ 」

と 教え諭すなんて 可笑しなことは できませんし。。

 

諸行無常 』 。。

時間とともに 全ては移り変わっていきます

言葉の 意味も 使い方も時代とともに 変化していきます

 

そこで…

どーか ひとつ、

わたしの妄想を お許しください   m(_ _)m

 

「 蝿が 手を擦り 足を擦る 」姿。。

これは 命乞いに見立てず 「そのまんま」に思うのが

現代としては 自然ではないか、と感じます

 

と言いますのは

ハエは 本能的に やるべきことをやっている。。

その姿を わたし達人間も見習ったらいいのではないか、

そう 思うからであります

 

 「人間よ  ハエから学ぼうではないか・・」

 ハエが先生( 上の立場 )。

命乞いに見立てることとは  逆の発想です

 

いつだったか 近眼のわたしは

ハエが 手を擦り足を擦る、

その姿を間近で見たときに

感動して 見とれていたことを覚えています

 

そして 舞台は変わりまして

そんなことも忘れていた ある日、

 

整体のスクールで  氣功の先生の門下の指導員である、

講師の方の氣功の講習を 初めて受講したときのこと

 

受講生たちは 車座に床に腰をおろし

「 ほぐし」の動作を各々のペースで行なっていきます

そのときに 「 手を擦り 足を擦る 」仲間の姿に

「 ⁉️」 どうやら軽い 衝撃を受けとようでした

 

手をこすり合わせて 氣を集める

床に投げ出した足のかかとを両手で持って

もう一方の脚全体を 擦ってマッサージする。。

 

末端に 氣を通して 練功の前に

しなやかに動くからだを 準備しておくのです

 

それは まさに

「ハエが 手を擦り足を擦る 」動作に

似ていると 感じたような気がいたします…

 

その頃のわたしは

まだ前職の「 緊張した心身 」を引きずっていたときでして

自然に その動作で “ ほぐし ” を行なっている様子が

なんだか 不思議にみえたのでしょう

 

かつての 、

百貨店の案内所で 緊張していた自己イメージが

なかなか拭い去れなかったといいますか、

ヨロイを 脱ぐことが 怖かったといいますか。。

 

その時から 2年近く経ち

ようやく今は 仲間たちを見習って

手を擦り足を擦り 氣を通していくことにも

だいぶ 慣れて 自然にするようになりました

 

でも まだまだ あちこち

ほぐしきれていない自覚があります

 

とくに肩周りと腰  そしてアタマも

凝り固まった 硬さをとるのは なかなか大変です

 

道は遠いけれど

少しずつ進んでいきたいと思います

 

ネコが 自分のからだを舐め

手を舐めて顔までも 撫でて

ていねいにセルフケアを しているように

 

ハエが 手を擦り 足を擦ることを

自然の振る舞いとして 行っているように

 

わたしも 普通に 素直に からだの声を聞いて

自分を大切に セルフケアしていけるように なりたいです (╹◡╹)

 

Have a nice day !

どうぞすてきな一日を

 

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