うたと からだと わたし

キャリアチェンジして2年。数えで58歳 ▪ 保育補助員の日記です。

“進化の中で現れた「感情」という知的システム”

ご機嫌いかがですか

メイもんです

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氣功の先生( 78歳・女性 )が

Facebookに ご自身の「 書 」を

載せてくださることがあります

 

武田双雲さんのお教室での作品や

ご自宅で好きな言葉を 書かれたものなど…

 

それを見て

武田双雲さんの本を読み返したくなり

本棚から取り出しました

 

その中のエッセイを一つ、

ここに転記させていただきます m(_ _)m

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「 狡 」

 

 狡い( ずるい ) という言葉をよく僕の息子(現在六歳 )は妹に対して使う。

あれは人間の本能のようなものだ。

おそらく、昔々、食料が十分でない時代に、

兄弟や他人に自分の分を取られて餓死することを 回避するための感情ではないか。

 

 もし、なんでも他人に譲る優しい人だったら、その時代だと死んでしまう。

当時は必要な本能だったのだろう。

 

ずるいという漢字は、けものへんに交わると書く。

人は幼い時は動物的な本能を持っているが、他人や社会と交わっていくうちに、

「 ずるい 」と思って自分のことばかり考えていては、

結局自分にとって損であることに気づいていく。

 

「 ずるい 」と感じる自分の感情を受け止め、他人に譲ること

を覚えていくこと。それが結局は自分のためになる。

そういうことを教えてくれる漢字ではないか。

 

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保育補助員として

幼い子どもたちと関わり合う中で

おもちゃの取り合いのトラブルに接して

人間の本能に触れている…としばしば思います

 

また、「 ずるい 」という感情は

三姉妹の真ん中で育った自分の経験からも

よく味わっていた、「思い出深い感情」の一つです…(・∀・)

 

しかしながら

それとは対照的な、人間の特徴を

保育の心理学の講習を受け、知ったのでした

 

「 向社会的行動 」

名付けられているものです

( 以下、「保育士絶対合格テキスト」p225より抜粋します )

 

感情は非合理的なものではなく、ある状況や問題の解決のために

長い進化の中で現れた知的なシステムと捉えられます。

 

他者とのコミュニケーションには 感情の理解は欠かせないもので、

他者の感情への共感が 向社会的行動 を生むこともあります。

 

( 向社会的行動=お礼などの報酬を期待しないで、

 相手のためになることを、自発的に行う行動。)

 

おぼろげな記憶ですが

お座りした状態の、一歳未満の赤ちゃんが

横にいる赤ちゃんのために 何かを渡そうとしている、

「 向社会的行動 」の映像もどこかで観たような氣がします

 

そして、もちろん

保育所の1〜2歳の園児が

泣いている子のそばに寄ってきて

共感的な表情で慰めているような様子を 何度も 目にしています

 

「 情けは人のためならず 」

このことわざも、情けをかけるのは結局、自分のためになる…

という解釈が一般的なのかもしれません が、

 わたしの解釈は こうです・・

「 情けというものは、その人の為を思って、とか

  自分に見返りがあることを計算して、の行為ではなく、

 

  困っている人をみた瞬間、手助けしていた…というように

  自発的・反射的に 行われるものだ… 」

 

《 他者への共感から生まれる、純粋な“ 向社会的行動 ” ってあるよね〜 》

というニュアンスで  昔の物語の中で使われていたことがある旨の解説が

「岩波ことわざ辞典」にも書いてありました^ ^

 

もしかしたら、ですが

腸内フローラの善玉菌・悪玉菌・日和見菌が

2: 1 : 7 の理想的なバランスのときに、

 

向社会的行動は出やすくなるのかしら。。

( 幼な子の腸内環境がフレッシュなイメージなので・・(・∀・)  ) 

 

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株式会社日本出版社 平成24年 2月25日 初版

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Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を