うたと からだと わたし

キャリアチェンジして2年。数えで58歳 ▪ 保育補助員の日記です。

” からだ・心・いのち “ の栄養。。( ツブヤキ )

ご機嫌いかがですか

メイもんです 

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先日メモした、

帯津良一先生の文章に

影響を受け、考えてみました…

meymon.hatenablog.com

からだ・心・いのちは

わたしという存在の3つの側面であるけれど

 

それぞれの面からみて

健やかさを養う” 栄養 “ とは

どのようなものだろう・・

 

からだに対しては、常識的には

他の生き物から頂く、物質としての「 栄養 」。。

(  人類の進化形かと思われるような、呼吸から栄養を得る、

 ” ブレサリアン “ という生き方も 聞いたことがあります…  )

 

心に対しては、わたしが思いますに

愛情、信頼、親切、安らぎ、慈愛、など

目には映らない、温かな波動( 氣 )という「 栄養 」。。

 

そして

いのちに着目してみたとき

いのちの「 栄養 」って どういうものでしょう・・

いのちが その寿命を全うしようとするとき

ここ一番のパワーを発揮する、エネルギー源といいますか…

 

もちろん

いのち そのものが

エネルギー、生命力のことですが、

 

本で読んだ “ 臨死体験 ” のお話から考えますと

「 死の淵 」から戻ってくる“ きっかけ ”  となるもの、

それを、いのちの「 栄養( エネルギー源 )  」と捉えてみたいのです…

 

 臨死体験では

「 あの世、死の方向 」へ行かないで

「 この世、生きる道 」へと引き返しなさい、と

テレパシーor 誰かの声で 呼びかけられるのだ…と 聞いています

 

おそらく、睡眠中の夢に似た感じなのでしょう…

そして 眠りから目が覚めるように、死なずにすんで生き返る。。

 

このとき、いのちを支えてくれた“ 栄養” は

敢えて表現してみるならば 「 直観 」でしょうか…

 

まだ、寿命が尽きるわけではない、

この世で生き続ける、エネルギーが残っている…

それを自分に知らせてくれるものとしての、直観。。

 

からだと心からのメッセージとも言えるし、

大いなるもの、宇宙意識、神さまからの言葉とも感じられる…

 

その言い方を変えてみると

声なき声を聴く、「 直観 」なのだ思います

 

ですので

からだ と 心 はもちろんのこと、

いのち にも焦点をあてた栄養をつけるには

 

直観を磨く習慣を持つと よいのではないかなぁ・・

日々、自然や芸術に触れながら “ 感じること” を大切にして。。

 

そうしていくと

世の中のざわざわした情報に惑わされず

“ 今ここ”で本当に大切なことだけに意識を向け

寿命を全うする生き方に なっていくような氣がします…

 

となりの実家の飼い猫“ ちゃ”が  

茹でたてのコマツナを好んで食べるのと同じように、

 

ヒトであるわたしも

アタマではなく、からだが欲している栄養を

直観で判断していただき、腸内環境が整いスッキリしたり

 

周りの人や 生き物たちと直観をもとに交流を楽しみ

一人静かに過ごすときには 瞑想したり音楽に浸ったり。。

 

ふと、思います・・

いのちを” 息“ と意訳すると

ここで わたしの書いてきた内容は、

「 調身 ・ 調息 ・ 調心 」のこと。。

 

氣功の先生 ( 78歳・女性 ) に教えて頂いた、

氣功を習う者の、目指している在り方なのでありました・・

 

三つが調ったところに 志が宿り

遠くを見つめながら歩む…そんなイメージが見えてきます…

 

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「 希望のことば 」( 偕成社 ) より

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「     大いなる希望は

     大いなる国民をつくる。

                    トマス・フラー   」

 

「    わたしは  has been  では

        ありません。

        わたしはつねに

       will be  なのです。

                    ローレン・バコール  」

 

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お読みいただき ありがとうございます m(_ _)m

 

Have a nice day!

どうぞ すてきな一日を