うたと からだと わたし

キャリアチェンジして7年目。還暦越えました!▪ 保育補助員の日記です。

宿命という言葉が好きだった人...

ご機嫌いかがですか

メイもんです

f:id:meymon:20210120103325j:plain

新聞のコラムで

演出家 浅利慶太氏の人生について知りました

 

メモしたい部分を

ここに抜き書きします

 

劇団四季を率いた浅利慶太さんは、宿命という言葉が好きだった。

こう考えていた。

 

この世界は人間の手が及ばない大きな力に支配されている。

人間は本来、孤独な存在だ。

けれど宿命を引き受け、その中で懸命に行為すること、

そこにこそ尊い自由があるだろう。

この人生は生きるに値するーーー。 

 

f:id:meymon:20210120154929j:plain

 ( 日本経済新聞 1月9日(土曜日) 【詩歌・教養】コラム“ 舞台と人生”  内田洋一 氏筆 )

 

劇団四季のミュージカルを

若いとき、友人と一緒にいくつか鑑賞しました

 

浅利慶太氏のことは

その頃から氣になる存在だったと思います

 

浅利さんの出発点には、ふたつの死がある。

戦後の混乱期に自ら命を絶った姉の陽子と

劇作家の加藤道夫である。 

 

 舞台の世界で活躍する人が

兄弟や親戚の悲しい死を経験しているという話を

いくつか聞いたことがあるので、なるほど。。と感じました

 

 

四季設立から3年ののち、

浅利さんは演劇評論家との対談で話している。

「 僕は加藤さんが死に、僕の姉が死んだこともわかるので、

それだけならば僕も死のうと思うんですが、

僕が死なないでいるのは、その人たちに対して、

僕が死なないでいる理由になるものをやりたいと

思うからなんです。 」

 

 「 死なないでいる理由 」というタイトルの

ある哲学者の本を、40代のころに読んだ記憶があります

あまりよく覚えていないけれど、いろいろ考えさせられたはず。。(^_^*)

 

 

さて、これも驚くべきことながら、

浅利さんは父との間でも宿命のくびきをつくった。

新劇の子なのに、新劇を全否定して出発したのである。

 

世に出る人には

劇的なファミリーヒストリーの存在が多い氣がします

 

もちろん人は誰でも、

ファミリーヒストリーの影響は大きいのですが。。

 

◇◆◇◆◇

 

そして

記事の最後の部分です

 

四季が食えない劇団だったころ、

よく面倒をみたのもこの父だった。

 

宿命の人、浅利慶太を支えたのは

心から心へと伝えられた演劇の花だろう。

 

f:id:meymon:20210120154953j:plain


 ◇◆◇◆◇

 

 ( 遺伝子に刻まれた ) 宿命を引き受け

その中で懸命に行為することにこそ、尊い自由がある。。

 

心から心に伝えられた想いを

自分なりに受けとめて表現していく。。

 

これらの言葉を

噛みしめたいと思いました

 

**********************************************************************

 

Have a nice day !

どうぞ すてきな一日を